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選手情報(野手)

シアトル・マリナーズ 青木宣親 背番号 8

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プロフィール

・身長/体重
175cm/83kg
・生年月日
1982年1月5日
・ポジション
外野手
・投打
右投左打
・出身地
宮崎県日向市
青木宣親

新天地で心機一転、イチローの「1番」継承へ

 2連覇を果たした2006年と2009年のワールド・べースボール・クラシックや、2008年のオリンピックを経験した日本球界きってのヒットメーカーである青木。長年の夢だったメジャーの舞台へ活躍の場を移しても持ち前のバッティングは健在で、見事にレギュラーを勝ち取って見せた。

 地元・宮崎の日向高校を卒業した青木は、名門・早稲田大学に進学。大学では投手から外野手に転向して力を付けると、3年春から3季連続で東京六大学リーグのベストナインに選ばれた。3年秋のリーグ戦では首位打者に輝く活躍も見せてプロの注目を集め、2003年のドラフトで4巡目指名を受けてヤクルトに入団した。

 プロで頭角を現したのは2年目の2005年。出場数を前年の10試合から144試合に飛躍的に増やすと、イチロー以来、史上2人目となるシーズン200安打を達成。この年202安打、打率.344の成績を収め、セ・リーグの新人王、首位打者、最多安打、ベストナインと数々のタイトルを手にした。その後も青木は活躍を続け、通算3度の首位打者、2度の最多安打を記録。また、2006年に盗塁王、その年から昨年まで6年連続でゴールデン・グラブ賞選出と、走攻守全てでレベルの高いプレーを披露した。

 プロ野球を代表する選手に成長した青木は、2011年シーズン終了後に、大学時代からの憧れだったというメジャー挑戦を直訴すると、ヤクルトは本人の希望に沿い、入札制度の行使を容認。250万ドルで交渉権を獲得したブリュワーズと2年契約(3年目は球団オプション)を結び、念願のメジャーリーガーとなった。

 とはいえ、ブリュワーズはポスティングで交渉権を得た後に事実上の入団テストを課すなど、当初の青木の評価は高くなかった。開幕後もしばらくは代打など途中出場がほとんど。しかし限られた出番で結果を出した青木は5月半ばからレギュラーに定着し、上々のメジャー1年目を過ごすことができた。2013年は開幕から主力として活躍を見せるも、チームは低迷。そしてオフにロイヤルズに電撃移籍。すると、シーズン終盤にヒットを量産するなど、チームの1985年以来となるリーグ優勝に貢献した。

 オフにジャイアンツへ移籍し、悲願の世界一を狙った青木だが、2015年は死球禍に苦しんだ。シーズン開幕から好調を維持していたが、6月に投球が右足に直撃し腓骨を骨折。7月下旬に復帰するも、直後に今度は頭部にデッドボールを受け、脳震とうの症状に悩まされ最後まで戦うことはできなかった。オフにFAとなり、1年契約でマリナーズに入団。かつてはイチローが務めたリードオフマンを継承し、新たな地でメジャー5年目を迎える。

メジャーでの成績

チーム 試合数 打数 得点 安打 2塁打 3塁打 HR 打点 四球 三振 盗塁 打率
2012 ブルワーズ 151 520 81 150 37 4 10 50 43 55 30 .288
2013 ブルワーズ 155 597 80 171 20 3 8 37 55 40 20 .286
2014 ロイヤルズ 132 491 63 140 22 6 1 43 43 49 17 .285
2015 ジャイアンツ 93 355 42 102 12 3 5 26 30 25 14 .287

日本での成績

チーム 試合数 打数 得点 安打 2塁打 3塁打 HR 打点 四球 三振 盗塁 打率
2004 ヤクルト 10 15 1 3 0 0 0 0 1 6 1 .200
2005 ヤクルト 144 588 100 202 26 4 3 28 37 113 29 .344
2006 ヤクルト 146 599 112 192 26 3 13 62 68 78 41 .321
2007 ヤクルト 143 557 114 193 26 2 20 58 80 66 17 .346
2008 ヤクルト 112 444 85 154 29 5 14 64 42 47 31 .347
2009 ヤクルト 142 531 87 161 23 2 16 66 75 65 18 .303
2010 ヤクルト 144 583 92 209 44 1 14 63 63 61 19 .358
2011 ヤクルト 144 583 73 170 18 5 4 44 51 55 8 .292

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