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チーム情報

ナ・リーグ東地区

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マイアミ・マーリンズ
マイアミ・マーリンズ Miami Marlins
2019年12月10日5時10分 更新

チーム順位・成績

順位5[ナショナル・リーグ東地区]

打率.24113位

本塁打14615位

打点59315位

防御率4.7413位

勝利5715位

セーブ2715位

プロフィール

 1993年の球団拡張で誕生した新興球団で、創設時の名称はフロリダ・マーリンズ。創設から4年間は負け越しが続くも、ジム・リーランド監督が就任した1997年にベテラン右腕ケビン・ブラウンや巧打者モイセス・アルーらの活躍でワイルドカードに滑り込み、初のプレーオフ進出。そしてジャイアンツ、ブレーブスを破ってリーグ優勝を果たすと、ワールドシリーズでは黄金期を迎えていたインディアンズを撃破。創設5年目で世界一に到達した。

 だが、その直後からコスト削減の一環としてゲーリー・シェフィールドら高額年俸の主力を惜しげもなく放出。1998年から一転して2年連続最下位に沈み、リーランド監督も1998年限りでチームを去った。2002年まで負け越しのシーズンが続くも、2003年にはデレク・リーやマイク・ローウェルらの打撃陣と、若手左腕ドントレル・ウィリスらの活躍でワイルドカードからプレーオフへ。するとまたも、リーグ優勝、そしてカブスを破って2度目の世界一を達成した。つまり2度の世界一という実績を持ちながら地区優勝経験がないという経歴を持つ。

 その後はプレーオフから遠ざかり、2005年オフには、カルロス・デルガド、ジョシュ・ベケットらの主力を放出。2006年にはジョー・ジラルディ監督が就任するも、オーナーとの対立からわずか1年でチームを去った。2007年オフには主力に成長していたミゲル・カブレラやウィリスを放出するなど、定期的に大規模な再建を繰り返した。

 2012年にはマイアミ・マーリンズに改称し、新球場に移転。2016年にはシーズン終盤に、16勝を挙げていたエースのホセ・フェルナンデスが24歳という若さでボート事故により亡くなるという悲劇に見舞われた。

 2017年にはジャンカルロ・スタントン、クリスチャン・イエリチ、マルセル・オズナがメジャー屈指と称される外野陣を形成。特にスタントンは本塁打と打点の2冠に輝いたが、またも恒例の年俸削減を目的としたファイアーセールを敢行。シーズン終盤に球団を買収した元ヤンキースのデレク・ジーター氏らによるオーナーグループが、2015年からチームに在籍し若手の指南役ともなっていたイチローを放出した。

 再建期1年目の2018年はリーグワーストの98敗。チーム本塁打数とチーム打点数はメジャーワースト、チーム防御率はリーグワーストだった。2019年へ向けてカーティス・グランダーソンやニール・ウォーカーといった実績のあるベテランで打線を補強。再浮上のシーズンとなるかどうか、ジーターCEOの手腕が注目される。

スタジアム紹介

 マイアミのダウンタウンから離れ、NFLマイアミ・ドルフィンズと兼用だったサンライフ・スタジアム(現ハードロック・スタジアム)に代わって、2012年に開場した開閉式屋根付きの野球専用球場。マイアミデード郡とマイアミ市が建設費の大部分を負担したことから球団名も改称された。マイアミのダウンタウン近くのマイアミ・オレンジボウル跡地に立地し、フロリダの青空に映える白い外観が特徴。空調設備も完備され、観戦には快適な球場だが、チームが再建を繰り返していることもあり、旧本拠地時代と同様、観客動員には苦しんでいる。バックネット下には熱帯魚が泳ぐ巨大水槽があり、テレビでもたびたび映し出されている。センターが124メートルと深く、本塁打が出にくい球場でもある。2017年にはオールスター戦が、2013年と2017年にはWBCが、それぞれ開催された。

新着ニュース

チームデータ

創設 1993年
オーナー ブルース・シャーマン、デレク・ジーター
監督 ドン・マッティングリー
Wシリーズ優勝 2回
リーグ優勝 2回
地区優勝 なし
Wカード獲得 2回
在籍した日本人 イチロー(2015〜2017年)
田沢純一(2017〜2018年)

過去10年間の成績

2009年 東地区2位
2010年 東地区3位
2011年 東地区5位
2012年 東地区5位
2013年 東地区5位
2014年 東地区4位
2015年 東地区3位
2016年 東地区3位
2017年 東地区2位
2018年 東地区5位

スタジアム概要

名称 マーリンズ・パーク
オープン年 2012年
仕様 天然芝、開閉式屋根
左翼 105m
中堅 124m
右翼 102m
収容人数 3万6742人