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チーム情報

ア・リーグ西地区

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ヒューストン・アストロズ
ヒューストン・アストロズ Houston Astros
2021年12月3日3時10分 更新

チーム順位・成績

順位1[アメリカン・リーグ西地区]

打率.2671位

本塁打2215位

打点8341位

防御率3.764位

勝利952位

セーブ3412位

プロフィール

 ナ・リーグの球団拡張に伴い、1962年にコルト45’sとして誕生。1965年に現在の名称となった。創設から負け越すシーズンがほとんどだったが、1980年にジョー・ニークロとJ.R.リチャードの両エースの活躍などで初の地区制覇。1986年にもマイク・スコット、グレン・デービスの投打の主軸の活躍などで地区優勝を果たした。

 1990年代になると、クレイグ・ビジオ、ジェフ・バグウェルらがチームの主軸となり、1994年にはバグウェルがMVPを受賞し、ビジオも盗塁王を獲得。そしてラリー・ダーカー監督が指揮を執った1997年に11年ぶりの地区優勝。1998年もシーズン途中に左腕ランディ・ジョンソンを獲得するなどの補強策で地区を制し、1999年まで地区3連覇を果たしたが、リーグ優勝には届かなかった。

 現在のミニッツメイド・パークに移転して2年目の2001年にも、ランス・バークマンらの活躍で地区優勝を果たし、2004年にはロジャー・クレメンス、アンディ・ペティット、ロイ・オズワルトらの強力投手陣を擁してワイルドカードでポストシーズンへ進出。翌2005年にはモーガン・エンスバーグが36本塁打、101打点と打線をけん引し、ワイルドカードから初のリーグ優勝を果たした。だが、その後は地区優勝に手が届かず、チームも2009年以降は低迷期に入る。2011年からは2年連続で100敗以上を喫した。

 2013年にはナ・リーグ中地区からア・リーグ西地区へ移動。やはり負け越しのシーズンが続くも、A.J.ヒンチ監督が就任した2015年に若手主体のチームが覚醒し、10年ぶりにワイルドカードでポストシーズンへ進出。そして2017年には野手ではホセ・アルトゥーベ、カルロス・コレア、ジョージ・スプリンガー、投手では左腕ダラス・カイケルら低迷期に獲得した有望株が次々と開花して主力に成長。右腕ジャスティン・バーランダーをシーズン途中で獲得した補強戦略も当たり、ア・リーグ西地区へ移動して初となる地区優勝から、ア・リーグ初優勝、そしてドジャースを下して球団史上初となるワールドシリーズ制覇を達成。8月のハリケーンで甚大な被害を受けたヒューストンに歓喜をもたらした。

 その後も黄金期は続き、2018年はリーグ優勝決定シリーズで敗れたものの、レッドソックスに次ぐ103勝を挙げて地区2連覇。2019年は21勝のバーランダー、2018年に加入した20勝のゲリット・コール、シーズン途中にダイヤモンドバックスからトレードで加入したザック・グリンキーがメジャー最強の3本柱を形成。チーム打率両リーグトップの打線とかみ合って、両リーグ最多の107勝を挙げ、地区3連覇、2年ぶりのリーグ制覇を果たした。

 2020年もヒンチ監督の下、2度目の世界一へ向けてスタートを切ると思われたが、2019年オフに2017年シーズンのサイン盗み疑惑が発生。そしてその処分として、球団はジェフ・ルノーGMとヒンチ監督を解任。黄金期を築き上げた両雄が思わぬ形でチームを去り、混乱の中で名門エール大学出身のジェームズ・クリック新GMと、最優秀監督賞を3度受賞した70歳のダスティ・ベイカー新監督が誕生した。シーズンでは打率3割の常連だったアルトゥーベが打率.219に終わるなど、グリエル、アレックス・プレグマン、コレアら主力打者の多くが低調。オフにコールがFAで流出した投手陣も、バーランダーが故障でわずか1試合の登板に終わり、グリンキーも防御率4点台と実力を発揮できなかった。それでも負け越しながらポストシーズンに滑り込んだのはさすがだったが、地区シリーズ突破後、リーグ優勝決定シリーズでレイズに屈した。

 2020年オフにスプリンガーがFA退団。その穴を埋める存在と、打撃陣の復調は必須。多くの打者が不振に苦しんだ中、2020年に3年連続となる打率3割をマークしたマイケル・ブラントリーがFA残留したのはチームにとって大きい。先発陣は大黒柱バーランダーの復活が期待されるほか、グリンキー、右腕ランス・マクラーズ、クリスチャン・ハビエルら実力派がそろう。さらにツインズ時代の2019年に15勝を挙げた右腕ジェーク・オドリッジを獲得。クローザーはFA退団したロベルト・オズナに代わって、右腕ライアン・プレスリーが務める予定。サイン盗み騒動の完全払拭を期して、再び世界一を目指す。

スタジアム紹介

 1965年から使用していたアストロドームの老朽化に伴い、2000年に開場した開閉式屋根付きの野球専用球場。開場当初の名称はエンロン・フィールドで、アストロズ・フィールドを経て、コカ・コーラ社が30年間の命名権を取得したことに伴い、2002年シーズン途中から現在の名称となった。かつてセンター後方にかつての球団社長タル・スミスの名を冠した「タルの丘」と呼ばれる約30度の傾斜とフラッグポールがあり、相手チームのみならず自軍のセンターにも不評だったが、2016年シーズン後に撤去工事を行い、センターフェンスを手前に出した。それまでは本塁からセンターフェンスまで約133メートルもあった。ヒューストンのダウンタウンに位置し、レフト側がユニオン駅に隣接している関係で、レフト側は客席が少なく、左中間の膨らみもない。アストロズの選手が本塁打を打った際にレフトスタンド上部を走る蒸気機関車が名物。2005年にアストロズとホワイトソックスが対戦した際に、テキサス州最初のワールドシリーズ開催球場となった。2020年のポストシーズンでは、ナ・リーグ地区シリーズのブレーブスvsマーリンズの舞台となった。

新着ニュース

チームデータ

創設 1962年
オーナー ジム・クレイン
監督 ダスティ・ベイカー
Wシリーズ優勝 1回
リーグ優勝 3回
地区優勝 9回
Wカード獲得 4回
在籍した日本人 松井稼頭央(2008年〜2010年)
青木宣親(2017年)

過去11年間の成績

2010年 中地区4位
2011年 中地区6位
2012年 中地区6位
2013年 西地区5位
2014年 西地区4位
2015年 ワイルドカード、地区シリーズ敗退
2016年 西地区3位
2017年 西地区優勝、ワールドシリーズ優勝
2018年 西地区優勝、リーグ優勝決定シリーズ敗退
2019年 西地区優勝、ワールドシリーズ敗退
2020年 西地区2位、リーグ優勝決定シリーズ敗退

スタジアム概要

名称 ミニッツメイド・パーク
オープン年 2000年
仕様 天然芝、開閉式屋根
左翼 96m
中堅 125m
右翼 99m
収容人数 4万1000人