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チーム情報

ナ・リーグ中地区

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ピッツバーグ・パイレーツ
ピッツバーグ・パイレーツ Pittsburgh Pirates
2021年6月13日17時10分 更新

チーム順位・成績

順位5[ナショナル・リーグ中地区]

打率.22614位

本塁打4515位

打点20714位

防御率4.7612位

勝利2314位

セーブ814位

2021年6月13日現在

日程・結果

月日(曜日) 対戦カード(結果) 勝・敗投手

6月10日(木)

1-2
[結果]
vs. ドジャース ホーム (負け)タイラー・アンダーソン

6月11日(金)

3-6
[結果]
vs. ドジャース ホーム (負け)ミッチ・ケラー

6月12日(土)

4-7
[結果]
vs. ブリュワーズ ビジター (負け)クレイ・ホームズ

6月13日(日)

4-7
[結果]
vs. ブリュワーズ ビジター チャド・クール

6月14日(月)

- 3:10 vs. ブリュワーズ ビジター [予想先発]ウィル・クロウ

6月15日(火)

- 8:05 vs. ナショナルズ ビジター [予想先発]タイラー・アンダーソン

6月16日(水)

- 8:05 vs. ナショナルズ ビジター [予想先発]ミッチ・ケラー
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※日本時間で表示しています。 ※:インターリーグ
※試合開始時間は変更になる可能性がありますので、あらかじめご了承ください。
※[予想先発]はチームのローテーションから予想される先発投手です。
 実際に先発する投手と異なる場合がございます。

プロフィール

 球団創設は1882年。1887年にアレゲニーズとしてナ・リーグに加盟し、1891年から現在の名称となる。桑田真澄が最後にユニホームを着たチームで、2007年に在籍した。

 1901年からリーグ3連覇を果たし、1903年の第1回ワールドシリーズではボストン・アメリカンズ(現レッドソックス)と世界一の座を争った。1909年にはタイガースを下して初めてワールドシリーズを制覇し、1925年に2度目の世界一に輝く。

 1927年のリーグ優勝を最後に低迷期に入るも、1960年にビル・マゼロスキーの劇的サヨナラ本塁打でヤンキースを下して35年ぶり3度目の世界一に立った。1971年にはロベルト・クレメンテの活躍でワールドシリーズを制したが、1972年にクレメンテが飛行機事故により悲劇の死を遂げる。それでも1970年代は6度の地区優勝を果たし、1979年にはウィリー・スタージェルらの活躍で5度目の世界一に到達した。

 1980年代に入ってから低迷するも、1986年にジム・リーランド監督が就任し、大型ルーキーのバリー・ボンズがデビュー。1990年には主力に成長したボンズと、1986年途中から加わったボビー・ボニーヤらの活躍で地区優勝。1992年まで地区3連覇を果たした。

 しかし、ボンズがジャイアンツへ移籍したのと歩調を合わせるように、1993年以降は再びポストシーズンとは無縁となる。そして2012年までアメリカのプロスポーツ史上初の20年連続負け越しという不名誉な記録を作った。

 そんな暗黒時代の中でアンドルー・マカチェンら生え抜きの選手が成長し、2013年にワイルドカードで21年ぶりにポストシーズンへ進出。2015年まで3年連続でポストシーズン到達を果たした。しかし、そんな安定期も長くは続かず、2017年オフには攻撃の中心マカチェンを、2011年のドラフト全体1位でエースのゲリット・コールを、それぞれ放出した。

 2018年はチーム打率がリーグ6位ながらもチーム本塁打数がリーグ13位と、大砲不足が浮き彫りとなり、地区4位で終了。2019年も課題は克服されず、チーム打率はリーグ3位ながらチーム本塁打数はリーグ14位。さらにチーム防御率は前年の4.00から5.18へと一気に悪化。地区最下位に沈み、2011年から指揮を執ってきたクリント・ハードル監督もチームを去った。

 デレク・シェルトン新監督が就任した2020年は不動の中堅手だったスターリング・マルテをトレードで放出。大きな補強もなく現有戦力の底上げでシーズンに突入するも、開幕直後から低迷。特に打撃陣の戦力不足は顕著で、チーム打率はリーグ14位、チーム得点はリーグ最下位と貧打に泣き、勝率は両リーグワーストの.317。苦戦が予想された前評判を覆すことはできず、2年連続で地区最下位に沈んだ。

 そんな中で数少ない収穫となったのが、シーズン終盤にメジャーに昇格し、24試合ながら打率.376、5本塁打をマークし、9月の月間最優秀新人に選出されたケブライアン・ヘイズと、クローザーで4セーブを挙げたリチャード・ロドリゲス。メジャー2年目で防御率2点台と安定した先発右腕ミッチ・ケラー、中軸としてチーム最多の10本塁打を放ったコリン・モランらとともに、チームの骨格を担う存在として存在感を発揮した。

 2021年はチーム再建を選択し、先発ローテーションからジョー・マスグローブと右肘手術からの復活が期待されていたジェームソン・タイオン、打撃陣から2019年に37本塁打を放ったジョシュ・ベルという投打の主力を放出。投手陣はケラーのさらなる成長を期待し、右腕チャド・クール、ミュージカルアルバムで歌手デビューを果たした異色の才能を持つ左腕スティーブン・ブロールト、右腕コディ・ポンセらの先発陣と、ロドリゲス、クリス・ストラットンらの救援陣で臨む。打線はモラン、ヘイズ、正捕手で守備力が高いジェイコブ・ストーリングス、チーム生え抜きのアダム・フレイジャー、2019年にともに打率3割をマークしたブライアン・レイノルズ、ケビン・ニューマンらで形成する。将来への希望として何よりも若手の台頭が待たれる。

スタジアム紹介

 NFLピッツバーグ・スティーラーズとの兼用で1970年から使用していたスリー・リバース・スタジアムに代わって、2001年に開場した野球専用球場。建設費の一部はファンの寄付を募って集められた。少し遅れてスティーラーズの本拠地ハインツ・フィールドが隣接地に開場した。外野スタンド後方に見えるダウンタウンの景観が美しく、眺望の良さではメジャーの本拠地の中でも屈指。球場もその眺望を生かすように設計された。ダウンタウンからアレゲニー川を渡った場所に位置しており、川に架かる橋の名称は、1972年に非業の死を遂げた英雄から取った「ロベルト・クレメンテ橋」。ライトフェンスの高さもクレメンテの背番号「21」にちなんで21フィート(約6メートル)となっている。球場の周囲には球団OBで殿堂入りしたクレメンテ、ウィリー・スタージェル、ホーナス・ワグナー、ビル・マゼロスキーの銅像が建てられている。左中間が大きく膨らんでいるのが特徴で、その最深部は約125メートルもある。2006年にはオールスター戦が開催された。地元の金融会社PNCファイナンシャル・サービシズが20年間の命名権を取得。

新着ニュース

チームデータ

創設 1882年
オーナー ボブ・ナッティング
監督 デレク・シェルトン
Wシリーズ優勝 5回
リーグ優勝 9回
地区優勝 9回
Wカード獲得 3回
在籍した日本人 桑田真澄(2007年)
岩村明憲(2010年)
高橋尚成(2012年)

過去11年間の成績

2010年 中地区6位
2011年 中地区4位
2012年 中地区4位
2013年 ワイルドカード、地区シリーズ敗退
2014年 中地区2位、ワイルドカードゲーム敗退
2015年 中地区2位、ワイルドカードゲーム敗退
2016年 中地区3位
2017年 中地区4位
2018年 中地区4位
2019年 中地区5位
2020年 中地区5位

スタジアム概要

名称 PNCパーク
オープン年 2001年
仕様 天然芝、屋外
左翼 99m
中堅 122m
右翼 98m
収容人数 3万8362人